終わりよければすべてよし

ひとり親卒業日記

明日はマーク模試

浪人が決定してから、早いもので4か月以上が経過した。いや、決してこの期間を早く感じたわけではない。

 

当初は、模試については、冠模試以外はあまり受けないと言っていたが、明日は浪人生になってから初めてのマーク模試を受ける。

 

マーク模試といえば、昨年の模試の最高は853点。本番は、829/900点だった。本人いわく、センター試験は基礎的な問題なので、あまり対策しすぎると、今度は肝心の二次試験がとても難しく感じるようになるという。なので、あくまで対策はほどほどに、苦手科目を中心にこなしていた。また、模試は短い期間で作成されているためか、良問が多いとは言えない。特に国語はどのようにでも取れる問題も出たりすると。それに比べ、本番のセンターは、さすが2年もの歳月をかけて作られているだけあり、数学などでも、なるほどその解き方もあったかと、誘導が嫌いな息子でも、たまに感心することがあると言っていた。なので、模試の過去問よりは、センター試験そのものの過去問で、なるべく良問に慣れておきたいと考えながら、対策をしていた。

 

昨年の今頃は、こうやって今年も模試を受ける自分の姿は想像できなかったであろう。これまでに自分の周りで聞いた限りの話では、昨年一年間の模試の成績が、自分よりも上だった浪人生は、二人しか知らないという。

 

番狂わせのショックからは、いつの間にか親子で立ち直ってきたと思うが、春先は母親の私も、あれこれと考えても仕方ないようなことを考えてしまったものだ。

 

そもそも、親戚一同見回しても、我が家にはひとりも、東大卒のひとはいない。国立では、電気通信大学や、東京外国語大学、私立では、早稲田大学の出身者もいるが、東大というと、また別格という感じがする。

 

もし、子供が将来東大を目指したいと思うようになると、はじめからわかっていたら、まったく違う教育をした方が良かったのではないか。

 

たとえば、小さなときから公文式を習わせるとか。小4の頃から3年もかけて御三家中を狙わせるとか。あるいは、進学した中学が指定校ではなくても、試験に受からせて、中学の頃から鉄緑会に入れるとか。あるいは、Z会の通信教育をやるとか。または、公立中学から、難関の県立トップ校に入るとか。

 

とにかく、自分の子供のようなケースは、東大受験生の中でも珍しい方ではないかと想像してしまう。

 

まず、親の私は、まったく教育ママではない。末の子供には、絵本の読み聞かせもそんなにたくさんした覚えもなく、どちらかというと、昔の伝承形式さながら、私が自分で覚えている昔話を、感情をこめて話し聞かせる方が多かった。中でも子供は、桃太郎が好きで、同じ話を繰り返し繰り返し、聞きたがった。

 

数字に強いのは、遺伝ではなく、本人独自の特性だろう。幼稚園のお絵描き帳にも、絵を描く代わりに、びっしりとクレヨンで、たくさんの数字が書かれていたのを、よく覚えている。

 

5歳のときには、GAPで子供服のお買い物をしたときに、レシートの打ち間違いに気づいた。私が支払いをする前に、「ちょっと待って。レシートを見せて。」と真顔で言った子供の言葉に、「あ、何か間違えましか。」と真摯に対応してレシートを渡してくれた若い店員さん。見ると、一部の商品だけ値札からさらに30%引きなどとなっていたため、店員さんがレジを打ち間違えたことがわかり、2000円近くは安くなったりした。よく、〇〇円の〇〇%引きがいくらとか、合計で1万円近くも購入した品を、暗算で足せたものだと思う。

 

3月当初は私も、自分の子供が不憫に思えて、もっと自分にしてあげられたことはなかったのかと、まるで自分を責めるような気持ちにもなった。

 

しかし、今ならわかる。そんな感情は本当にお門違いだと。

 

子供の行く先々の石ころを、全部親が事前に拾っていたら、いつか本当の石ころにぶつかったとき、その子は上手な転び方すらわからず、逆に大怪我するかもしれない。

 

いいのだ。もう18歳にもなる人間だ。

 

自分独自のやり方で、誰からのお仕着せもなくやり切って、それで失敗したなら、決して常に自分の見立てが当たるわけではないことをまず知るだろう。

 

無理矢理誰かに誘導されて、そのひとがいなければ、現役合格はありえなかった。そういうひとも、もちろんいるだろう。でも、我が子の場合は、全部、自分で考えてやりたいのだ。勉強の仕方も、使う参考書も、取るべき講義も、ペース配分も。なんとなく思うのだが、本来は東京大学も、そういう自立型思考のできるひとにこそ、入学してほしいのではないか。

 

我が子の場合は、まだ、将来具体的にどんな職業に就きたいかが、はっきりはしていない。

 

今、合格に向けて、なぜ勉強しているのかと問われれば、「そこに赤門があるからだ。」と言ったところか。

 

イギリスに留学していた頃、現地の大学生に卒業後はどうするのかと聞いたら、こう答えたので驚いた。

「Ī am travelling for a few years.」

 

以前は斜陽の国などと揶揄されたこともある英国だが、真の心のゆとりにおいては、永遠に大英帝国の貫禄というか何というか、あくせく働く日本人より、よほど肝が座っているのかもしれない。