終わりよければすべてよし

ひとり親つれづれ日記

本日は東大の入学式の予定でした

本日は、東京大学創立記念日。例年、この日に入学式を挙行する予定になっている。

 

通常は武道館を利用することが多いが、令和になり初めてとなる入学式は、国技館で行う予定だった。

 

3月に入り、さまざまな大学で卒業式や入学式の中止や縮小、延期などを決めて行く中、東京大学の入学式はどうするか、ギリギリのタイミングまで話し合われていたようだ。

 

そしてついに、正式に中止を決めた。代わりに本日は、式典で読まれるはずであった、総長の祝辞、並びに来賓の方の祝辞などが、YouTubeで配信されている。

 

それらを拝聴してみた。直に聴いてみたかったと思うほど、内容の濃い祝辞を述べてくださっていた。

 

本来のあるべき大学の姿であると思った。自分の子がそこに入り、学べることをつくづくありがたいと感じた。

 

昨日は義父母とともに、亡き主人のお墓参りをした。そのときに、意外なことを聞いた。なんでも、夫がまだ幼い頃に、叔母さんの前でこう言ったそうだ。

「僕は、将来東大に入るよ。」

それを聞いた叔母さんが思わず笑うと、

「叔母ちゃん、なんで笑うの? 僕、本気だよ。」と答えたそうだ。

 

実際には、主人は明治大学の法学部に進学したのだが、私は彼と結婚してから、「頭のいい人って、こういう人のことを言うのだな。」と思わず感嘆したものだ。とにかく、やったことがないことでもなんでも、ちょっと頭で考えたり調べたりしただけで、実に器用にこなしてしまうのだ。新婚当初、入居したアパートには、カメラ付きインターホンや、お風呂の自動温度調節器などはついていなかった。それでは不便だと主人が判断し、自ら便利なものに付け替えてしまった。私が、「大家さんに断らなくていいの?」と聞くと、「便利になる分には、次に入るひとも困らないだろ。」と言う。結果的に、特に退去の際、大家さんや不動産屋さんに文句を言われることはなかった。

 

今になってみれば思う。人一倍、勉強熱心で負けず嫌いでもあった夫は、環境さえ整っていたら、本当に東大を目指していたかもしれないと。

 

そして、間接的だが、夫の幼い頃抱いた夢を、自分の息子が遠い将来実現してくれたとも言える。

 

4月6日から予定通り、東大ではオンライン授業が始まった。人気のある授業では、なんと受講者が千人に達することもある。それ以上は受講できないので、先生が録画しておき、あとから他の人も見ることができる場合もある。正式な履修登録はまだ先なので、それまでにさまざまな授業を聴くことができるようだ。

 

中には、世界的に有名な経済学者の講義もあり、自分の講義よりあえてそちらを薦める教授もいたりする。なんと謙虚な姿勢なのかと思う。

 

息子は、文系でも受けられる難しめの数学の授業など、とても楽しみなようだ。

 

直接集まれない代わりに、クラスでオンラインの顔合わせなどもある。

 

リアルに仲良くなるには、実際に対面講義やサークル活動が始まってからになるだろうが、先輩が新入生の面倒をみる風習や、クラス単位のまとまりといった雰囲気があるため、あまり孤立することはないような体制になっているのが良いと感じた。

 

マンモス大学で、クラスがない大学に入ると、自ら積極的に友達作りをしていかないと、気づいたらひとりぼっちということが実際にあるようだ。それはそれで、コミニュケーション能力を高める新たな試練や機会があると思えば良いかもしれない。

 

本来は次男は下宿の予定でいたが、引っ越しの前に非常事態に突入しつつあったため、オンライン授業の間は自宅に残ることになった。大学側もなるべく外出はしないようにと言っているが、ひとり暮らしをすると外出をせざるを得なくなる。都内の感染拡大状況が改善されない限りは、地元に残っていた方が良さそうだ。

 

てっきり今頃はひとり暮らしをしているかと思ったが、予想外に、もう少し家族で暮らせることになった。

 

これも落ち着くまでの間のこと。

 

貴重な機会と捉えて、毎日を大事に過ごそうと思う。時々起こる、パニック発作やめまいとは、うまく付き合いながら。