身に覚えのない世界 そのニ
最初、病院から電話が入ったとき、悪い知らせの場合もあると思い、内容を聞くまでは安心できなかった。いつ目が覚めるかわからないと言われたお母さんが、手術翌日に目が覚めたと聞き、僕を心配して一緒に実家に泊まってくれたお姉ちゃんと二人で、心から安堵の涙を流した。
それから、自宅から車で30分は離れた病院へと向かう。
お母さんの病室に入る。
手術翌日は、さすがに意識がはっきりとはしていない。看護師さんに今日は何日か聞かれ、1月、と答えている。
両目は瞑ったままで、声を聴き家族の誰かわかり、きちんと名前を呼んでくれる。本人はまるで記憶がないが、お姉ちゃんに向かってとても嬉しそうに、「息子がね、東大に受かったんですよ。」と語りかける。本人はのちにそれを聞き、とても恥ずかしがっていた。
看護師さんらが質問する。皆さん、いいお子さんたちですね。どうやったら、こんないい子に育つんですか?
「子供の話をよく聞くことです。」
もっともらしいこと、いや、何より母親である私自身が一番に心がけてきたことだ。間違ったことは言っていない。
「お母さん、どうしてここにいるの?」
子どもたちが事の経緯を説明する。
「ひえ〜〜〜。」
私は、なんとも間の抜けた声で、返事をする。
少し話すと疲れるのか、すぐにいびきをかき眠り始める。その繰り返しだったという。この日の記憶も、まだまるでない。