終わりよければすべてよし

ひとり親つれづれ日記

あと3か月半で再び二人暮らしに

前回の記事を書いたあと、息子とも電話でいろいろと話をし、私の中でも腑に落ちた点はあったので、いつまでも愚痴めいた内容を残してもと思い、削除した。

そして、先日、息子からこんな提案があった。娘も長男も、大学進学後、今頃はすでに車の運転免許は持っていた。私自身は、車にまったく興味がなく、学生時代の4年間はやりたいことでいっぱいで、おやすみの日がほとんどないほど、毎日がずっと充実していた。それで、当時の学生はほとんどのひとが在学中に免許を取るにも関わらず、取らないうちに社会人になった。

入社した会社は完全週休二日制。土日祝に休日出勤する用事はなかった。そこで、母から今のうちに免許を取っておいたら、と提案される。今思うと、そのとき取得しておいて本当に良かったと思う。だが、計4か月もかかり、その間すべての週末が潰れたかと思うと、周りのみんなが学生時代に取得しておいたのが賢明であったとよくわかる。

前置きが長くなったが、次男はまだ教習所には通っていない。そこで、2月の春休みから教習所に入り、もしも2年の春学期が完全オンライン授業になったら、そのまま免許を取得して、自家用車で地元で練習を積むまでは、実家で暮らそうかなと言ってきた。

どうも、一年の間に必修科目をすべて取得してしまえば、ニ年の春学期は自由な科目を中心に取れるらしい。そして、自由な科目はたいてい大人数の授業、中には千人を超えることもある。来春のコロナの状況はわからないが、まだまだ、密を避ける状態は変わらないかもしれない。そうなると、再びすべての授業がオンラインになる可能性は高い。ならば、どこで聴いても良いわけだ。

教習所は春休みが一番混むし、思うように進むかもわからない。確かに、春休みが終わるまでに、完全に免許が取れるかは微妙だ。

ちなみに合宿免許という方法があるのはもちろん知っている。だが、いくつかの合宿所ではコロナのクラスター感染も発生している。また、義父が元教官なのだが、やはり短期間で覚える合宿タイプより、きちんとじっくり練習を積む方が運転も上手くなるそうだ。安全運転のためにも、ここは時間を惜しまない方が良さそうだ。

というわけで、ひとり暮らしになって間もない私の生活も、あと3ヶ月半で再び二人暮らしに戻る可能性が高い。

子供がいると、どうしても炊事に一番時間をかけてしまうので、今のうちに、家中の片付けや大掃除を念入りにやっておかないと。

つい先日も、誰かのお習字道具セットを見つけ、今頃処分するのは我が家くらいだろうなと思いながら、片付けていたのであった。

「3人のシングルマザー」木村多江出演を観て

本日、ちょうど録画をしていた、実話をもとにしたドラマを一部観た。もしこれから観る予定の方にはネタバレになるので、あとで読んでいただきたい。

まず、第一話は木村多江さん主演で、夫と死別後、ひとりで2人の息子さんを育て、見事2人とも東大に入学した話であった。

観ていて、共感したところも多く、時には涙をこぼしながらテレビの前にいた。

主人公のお母さんは、まだ息子さんたちが6歳と4歳の頃に、ご主人が大腸がんになり手術をする。しかし、余命は3か月から半年と宣告される。宣告はお母さんだけにされたようだが、ご主人は製薬会社に勤務していて、処方された薬の名前や医師の態度で、なんとなく自分がそう長くはないと悟り、妻にはっきり教えてほしいと伝える。泣きながら妻が伝えると、残された時間の中でお父さんは、できる限りのことを家族のためにしようとする。

長男が高校に上がると、学校をサボってゲームをしたり、三者面談でも先生からはっきりと言われる。「うちは名だたる進学校ですから、息子さんの成績を見ると、授業にもついていけていないのではないかと。このままでは希望する国立大学は厳しいし、とはいえ、ひとり親家庭ですと私大は学費がたいへんですよね。」

自宅に帰宅後も長男は荒れた様子で、母につい暴言を吐く。いつも優等生の弟だけがお母さんの息子だったら良かったなと。そこで母は平手打ちをし、自分も精一杯仕事をしてきたと言う。しかし、長男はひとこと。「お母さんをやってないじゃないか。お母さんなら、ごはんを作るでしょ。」と返す。

確かに、パートとは言え、帰りが遅くなるときは手作りのごはんを用意はしてやれなかった。そこで、本来はお料理上手なお母さんは、生前お父さんが大好きだったグリーンカレーを息子たちに作る。

それを頬張りながら長男は、昔を思い出して涙を流す。そして、ある決意をするのだ。

長男は母に手紙を書く。「日本一の大学を目指す。」と。

現役時は不合格だったが、合格した私大を蹴り、一浪して東大を再び目指す。

そして、お母さんと一緒に赤門をくぐり、受験番号を探す。果たして番号は、、、確かにあったのだ。

続いて弟もやはり東大を目指し、彼の方は現役で合格をする。

お母さんが言っていた印象的な言葉。「子供たちのやりたいことは全部やらせてあげたい。」

これは、私もずっと同じように思ってきたことだ。お父さんを蘇らせることはできない代わりに、挑戦してみたいことは応援し、やりたくないこと、望んでいないことは無理強いせず、三人とも皆、思い通りに本人の意思を尊重して接してきたつもりだ。

もちろん、ドラマの中でのお母さんとは異なる点もたくさんある。まず、私は子供たちの前でもたくさん弱音を吐いたり、泣いたりする姿も見せた。他に甘えられなかった分、我が子に支えてもらうしかなかった。

また、経済的にはまだ余裕があったため、仕事よりも炊事を優先させて、できる限り手作りの美味しい料理を振る舞ってきた。学校のお弁当や、部活のお弁当、塾弁など、ほぼサボることなく、すべて手作りのおかずと炊きたてごはんでまかなってきた。

子供の人数が増える分だけ、それぞれ違った対応も必要となり、上の子が下の子を見るという機会をあまり作れないまま、ほとんど自分ひとりで子育ての負担を背負ってきた。

そうしていくうちにどんどん身体の不調が増え、以前はやれていた仕事や多少の趣味、翻訳スクールでの勉強など、一切できなくなっていった。

やはり、ひとり親であろうとなかろうと、身体が万全でないのは辛い。

また、子供がたとえ難関私大や東大に入ろうと、それはどこまでも本人の頑張りと気力だと思う。母親が偉いとか、そんなふうに考えたことなど一度もない。

また、あくまで本人が目指す場合に受験をすれば良いのであって、すべての学生が早慶や東大に合うわけでもないだろう。

今、次男はサークル活動もスタートし、生き生きと学生生活を送り始めたところだ。学内ではマスクが必須のため、たとえ私のようにパニック障害ではなくても、長時間のマスクは息苦しいようだ。

また、ふだんならあるはずの、学生同士で集まる食事会もご法度だ。

しかし、仕方ない面もあるのだろう。高齢の教授の方も多いなか、学生から感染することを非常に恐れているケースもあるようだ。

さて、そろそろ眠くなってきた。ひとりだと、好きな時間に眠る自由があるのはいいことだ。

ドラマの残りは、後日また観るとしよう。

皆さま、おやすみなさい。

いよいよ初めての一人暮らしスタート

昨日、ようやくひと通りの次男のアパートの掃除を終えて、自宅への帰途につこうとした。すると、ちょうど息子も、実家で「半沢直樹」の録画を見て、アパートへと戻るために電車に乗り、早くも最寄り駅に到着しようとしていた。

「夕飯はどうする?」と、少し早めの時間ではあったが、お互いにラインでやりとりをする。息子は駅前の小さなラーメン屋さんで食べようとしているとわかり、一緒に食べることにした。ガスコンロの拭き掃除も完璧に終えた頃、ふと玄関の鍵を開けて外に目をやると、偶然にもちょうど彼が歩いてきた。

半沢直樹、すごく面白かったよ。お母さんも帰ったら見てね。」

うん、いつもなら楽しみに一緒に見ていたが、今回は私が久しぶりの気功治療があったため、私が息子のアパートにひとりで泊まり、息子は実家でひとりで過ごしていたのだ。

どうも私は、たとえひとりでもアパートのワンルームでは途中覚醒し、吐き気もしてしまう。やはり、実家に戻った方が良さそうだ。   小さなラーメン屋さんには、他にお客さんはいなかった。しばらくこんなふうに、外で二人でラーメンをすすることもなさそうだ。

息子は帰りにスーパーに寄るために自転車で来ていた。

私は気功治療の効果のおかげで、ようやく最寄り駅から私鉄に乗り、JR線のある乗り換え駅までひとりで帰ることができる。それまでは、誰かと一緒か、タクシーでも使わないと、冷房が弱めの私鉄にすら乗ることができないほど体調が悪かった。春先も辛いが、残暑の厳しい9月初旬の引っ越しもまた、たいへんであった。こんなときは、高速道路の運転が得意だった夫がいれば、電車より速く東京まで寝ている間に着いてしまい、なんと楽をさせてもらっていたかと思う。

帰りの電車内で息子とラインをしていたら、こんな言葉を書いてくれた。

「今までひとりでたいへんなのに育ててくれてありがとうございました。今、東大で元気にやれているのはお母さんのおかげだよ。これからも迷惑かけると思うけど、よろしくお願いします。」

思わず、目頭が熱くなった。

ああ、これからは本当にひとりなんだな。でも、巣立つときにこんなに立派な言葉を伝えてくれたのは、この子だけだったな、としみじみ感慨にふけった。

乗り換え駅まであっという間に着き、電車を乗り換え、さらに途中で快速にも乗り換え、最終地点に着いた。そして、荷物もある中、もう急ぐ必要もなく、元気に家路へと20分ほどの道のりを歩いて行った。

誰もいない家に帰る。

寝しなに、ふと夫の気配を感じる。いつか誰かに言われたっけ。 「あなたは将来、たとえひとり暮らしになっても、常にご主人が見守ってそばについていてくれるから、本当のひとりになることは決してありません。」

気配を感じて安堵したのか、すぐに眠りにつき、そのまま朝まで目が覚めることはなかった。

三人きょうだいの末っ子である次男が、小さな頃から唯一ママっ子でいた息子が、本当に巣立つのはやはり淋しい。

今夜は疲れて、排水溝のお掃除だけは頑張れたものの、夕飯はすき家のドライブスルーへと、ひとり分のごはんを買いに出る。一方の次男は、前の晩に買い出した材料で焼きそばを作るようだ。

夫が伝えた焼きそばの味。6歳までの遠い記憶が、しっかりと好物として残っている。もちろん夫は焼きそばだけを振る舞っていたわけではないが、こんなに長く愛される料理となるとは。

マルちゃん焼きそばって、安いんだね。3人前で170円で済むなんて。

そこにキャベツやもやし、豚肉を合わせて仕上げる。

夫が好きだったウスターソースは誰も使わないようだ。

数字に強い次男のこと。上の二人のように、きちんと家計簿アプリをつけなくても、どんどん物の値段を暗記していきそうだ。

ひとり暮らしは確かにお金はかかる。だがやはり独身のうちに一度くらいは、経験するべきではないかと思う。実家にいたら、知らずにいたことは山のようにあるからだ。

実家でゴミ出しの手伝いなどほぼしたことのない息子が、収集日や分別の仕方を覚え、朝も早い8時にはきちんと自分で出していた。     本棚も机も椅子もラックも、全て自分で、わずかに私も手伝いながら、ほぼひとりで組み立てた。

東大に通うのは、わずか2コマ。しかも隔週。しかし、周りが静かな環境で、家事と並行しながら再び秋学期も頑張れそうだ。

春学期の成績は、86.5/100点を総合で取れた息子。これはおそらく上位10%以内に入るほどの出来だそうだ。現役であと一歩届かなかった東大に、一浪後は上位層の点数で合格し、初めて出た成績もまた素晴らしい結果を出せた。自宅で頑張れるのはやはり強みかと思う。

しかしあまり点数を意識すると、本当に学びたい科目を取らなくなるから、やはり初心に返り、経済学部を目指すかもしれないという。文系出身者が工学部計数学科で物理を一から学ぶのは、やはり相当きついようだ。

振り返るとこの13年近く。やはり、私は頑張れたのかな?

立派に成長してくれたそれぞれの我が子を見て、これ以上は心配しすぎないように気をつけながら、今宵は床につくとしよう。

本当に頑張り通した上半期

先日、次男の大学で、Sセメスター(春学期)の成績が判明した。

彼の大学の場合は、長男の大学のときとは違い、保護者宛てに紙の成績表が郵送されることはない。

しかも、毎回毎回、長男のときのように、どれくらい必修科目の単位が取れたか、どれくらい落としたかを、ヒヤヒヤしながら封を切る必要はないのだ。

次男の大学には、いわゆるGPAというものはないようで、優上、優、良、可、不可というふうに分かれているようだ。そして、学生にとってたいへんだと思うのは、相対評価であるということ。例えば優3割規定などというふうに、各教授によっても基準はさまざまなようだ。

そして、発表後数日経つと、いわゆる総合の得点が割り出されるようだ。

この得点によって、約一年後にどこの学部学科に進学するかが決まるらしい。

以前一度、「理転を視野に入れるか」というタイトルで記事を書いた。

普通は理系から工学部に進学するが、理系からでもかなり限られた人数だ。ましてや文系からとなると、最終的に5名と、相当激戦になることが予想される。ただ、もしもこのままの成績を取り続けることができれば、文系から計数も夢ではないと。やはり、大学で学んだことを直接生かせるような職業には就きたいと考えているようだ。まだ、その具体的な職種までは決まっていないが、いわゆる専門職。それもかなりの知識を有する高度な数字を扱うプロということだろう。

ちらっと成績を見せてくれただけで、あまり細かいところまでは覚えていないが、初めて学んだフランス語3科目、経済、統計などで優上をもらえたのは、ひじょうに満足なようだ。確かに、フランス語なんて、関係のない私までいくつか単語を覚えたほど、繰り返し繰り返し発音していた。個人的には、私はドイツ語とスペイン語を選んで良かったなと思うくらい、フランス語は複雑に見える。気質は大雑把なひとが多く見える、観光客からの目線だが、言語の緻密さはまた別というところが面白い。何しろ、数年前にひとりでモンサンミッシェルを訪れたときにガイドさんに言われたのだ。「皆さん、ちょうどいいときに来られましたよ。今、モンサンミッシェルに渡る新しい橋を建築中ですが、見てください。まるで遊歩道みたいな華奢さを。あれで、往復観光バスが安全に通れるか、うちのツアー会社は、他の会社の安全性を確かめてから、通るつもりですから。はっきり言って、橋が重さに耐えられるか疑問です。」

え〜、あの世界遺産モンサンミッシェルへ通じる橋の設計が、いい加減なのか?と本気で驚いたものだ。モンサンミッシェルというと、眺める写真が有名だが、一番おすすめは、モンサンミッシェルの一番上から眺める景色だ。あれだけは、登ってみないとわからない。

と、また話が逸れてしまった。申し訳ない。

実際にどの学部に進むかを希望するには、まだ時間がある。今回のような好成績をこれからも目指しながら、じっくり考えていけばいいと思う。

大学院まで行くことになると、社会に出るのが少し先になる。しかし、我が子が社会人になれば、あとは何の心配もいらないという、良き時代ではないから、転職や遠方勤務やパワハラなどで、家族のサポートも必要になる場合があると思うと、大好きな勉強を環境が許す限り追求するのも、醍醐味かもしれない。

せっかく、一番嘱望していた大学に入れたのだから、ね。

母はこれからも、精一杯エールを送ります!!

40年以上ぶりの夜中の嘔吐

ウッと思わず目が覚めたとき私は、咄嗟に身体を起こしていた。一瞬、何が自分の身体に起きたのか理解しがたかったが、どうやら戻してしまったようだ。なんとなく唇のあたりやパジャマの前身ごろを触ると、ベチャッとした気持ち悪い感触がある。

「え、いま私、吐いてしまったの?」

「お母さん、大丈夫?」と、咄嗟に息子の声が聴こえる。てっきり起こしてしまったかと思ったが、翌朝確認してみると、まるで覚えはないそうだ。

私は、三人の子を身籠った経験はあるが、つわりのときに一度も戻したことはない。ムカムカした気持ちや 炊きたてごはんの匂いで気持ち悪さを覚えることはあっても、実際に吐くことはなかった。

また、めまいから嘔吐するひとも多いと聞くが、季節の変わり目にどんなにめまいで気持ち悪くなっても、やはり実際に戻したことはない。

おそらく、幼稚園か小学生のバス旅行で車酔いしたときに戻して以来のことではないか。

眠っている最中だと、身体が起き上がれたからいいものの、寝たままの姿勢だったら窒息の危険すらありそうで、あとから考えても怖くなった。

それが、初めて次男のアパートに入居し、夜も泊まった晩の出来事だった。

その日の夕飯は、少し遠いスーパーに買い物に出る気力もなく、初めてウーバーイーツを利用し、とある飲食店のテイクアウト弁当を食べた。味は普通に美味しかったが、私は半分程度しか食べられなかった。

そして夜、遅くまで開いているスーパーまで、私は息子の自転車に乗り、息子は軽く走りながら、買い出しに出た。夜はもう26℃くらいまで気温も下がり、熱中症になることもなかった。

野菜や豚肉、塩鮭や菓子パンなどと、足りない日用品を購入し、一緒に帰る。

ふだん地元では車で買い物をするので、カゴしかない自転車で買い物をするのは、なかなかたいへんだったが、息子がだいぶ荷物は持ってくれたので、なんとかなった。

長男のかつてのアパートは、目の前にスーパーがあったので、かなり便利だったなと思う。

そして、寝る前に小腹が空き、購入したばかりの菓子パンを頬張った。それがまずかったのか、あるいは台風が近づくと、たとえ関東に上陸でなくてもめまいを起こすのでそのためか、はっきりとした嘔吐の原因はわからない。

翌日息子と話したら、どんなにいいアパートでも、初めての場所に泊まるわけだから、やっぱりストレスが出たんじゃないかと。

確かにそうかもしれない。

寮生活の経験はあっても、完全なひとり暮らしの経験がない私にとって、なんとなく狭い空間が怖く感じるのかもしれない。

というわけで、今日はいったん自宅に戻ってきた。自宅でもやり残したことはたくさんあるが、とりあえずは疲れて昼寝をしてしまう。

つい先程、ひとりでお昼ごはんをいただきながら、特に見たいテレビ番組もなかったので、娘が産まれたばかりの頃に夫が撮影したビデオを見た。

その中で、私が授乳を終えて、赤ちゃんにゲップをさせようと背中をさするがなかなか出ない(本当は必ずしも出なくても良いのだが)様子を見て、夫が優しい声でひとこと。

「代わろうか?」

そのひとことを耳にしただけで、どっと涙があふれた。

「代わろうか?」 ずいぶん長い間、誰からも聞いてはいない言葉だ。

そう、ひとり親の負担を自らすすんで代わろうとしてくれた身内は、誰もいない。

数十人の、両親、妹、義理のきょうだい、いとこ、叔父、叔母たち。誰ひとり、本人自身がひとり親家庭で育った経験もなければ、70〜80代まで立派に伴侶と添い遂げた、あるいは今なお夫婦健在で暮らしているひとたちばかりである。

わかるはずがないのだ。

いったい何がたいへんで、何に困っているのかも。

先日、初めて数秘セラピーというものを受けた。「今まで十分子育てを頑張ってきたのだから、これからは自分にご褒美のつもりで、好きなこと、やりたいことをやってください。」とアドバイスをいただけた。

私は、今すぐには無理でも、なんとなく、私のようになかなか周囲のサポートが得られずに困っているひとたちの力になれるような仕事をしたい。そう、ふと感じた。

焦らなくてもいい。

これからゆっくりと、自分が自由に使える時間を生かして、いろいろなことを新たに学びながら、誰かのお役に立てたらなと思う。

居場所が変わるということ

まもなく、引っ越しの日がやってくる。

 

以前、娘が言っていたように、引っ越しとはなんと面倒くさいことだろう。やらなければならないことはたくさんあるはずなのに、一向に身体が動こうとはせず、こうして横になりながら、文章を書いている。

 

ありがたいことに、いつかの遠い昔のように、船便ではるばる英国に荷物を送るわけではないから、本来は気楽なものだ。現地に行き、新たに必要なものは、日本国内であれば自由にまともなものが買える。生理用品やポケットティッシュなど、日本ほど上質なものが販売されている国もあまりないだろう。やはり、豊富な木材資源から最高品質の紙パルプを材料に使えるから、日本の本やティッシュ、トイレットペーパーの材質は上等だ。

 

あとは、現地には車がないから、買い物には少し不便するということ。宅配を利用したり、次男に自転車で頑張って買い物をしてもらうしかない。

 

東京に移れば、いやでも歩く機会は増えるだろう。コロナのせいばかりにはできないが、現在の私はなんと過去最高体重。小学生の頃、あばら骨が見えていた身体とは大違いだ。若いときに太った経験がないからといって、一生スリムでいられる保障はない、と早くから知っていれば。しかも、決して私は大食いではない。胃腸が強くないせいか、一度にそうたくさんは食べられないし、お酒だって少量しか飲めない。いかに、運動不足と、不眠と、そしてストレス太りが招いた結果かと思う。東京に住む間は、以前見事に体重を減らせたダイエット鍼にでもまた、通えたらなと思う。

 

そう、実は私は次のような予定を立てたのだ。まずは明日から次男と共に東京へと出発する。そして、彼の引っ越しの準備を手伝い、夏休みの間は同居する。その後は、同じく都内に住む娘のマンションに行き、やがて娘がそこを出ることになるまで一緒に暮らす。それがいつになるのか、今のところはまだわからない。

 

娘は10月に大切な資格試験を控えているし、まだ彼氏の異動も決まってはいない。もし、運良く都内への異動が決まれば、試験のあとはバタバタと、結婚に向けての準備が始まる。しかし、異動が来春に延期されれば、しばらくはこのまま遠距離恋愛が続くことになるだろう。本当なら楽しみにしていた夏休みも、お互いに移動はご法度ということで、会うことは自粛した。中にはご夫婦で国内旅行を楽しむ方々もいるなか、若い世代ほど自粛を余儀なくされている。希望通りに事が進めば、来年の秋には挙式となるかもしれない。それまでには私も、パニック障害の完治と、標準体重へのダイエットを目指して、希望を持ちながら頑張って行こうと思う。

 

本来なら、来年の3月までやらなければならなかった自治会役員の仕事を、快く代わってくださった、親切なお隣さんには本当に感謝している。

 

さあ、久しぶりの都会の空気。20代の頃とは違い、東京の空は、どんな景色に見えるだろう。

 

ワクワクとまでは行かないが、少しでも現状を変える、最初のステップになることを願って、今宵は筆をおこう。

 

 

理転を視野に入れるか

東京大学というところは不思議なところで、一般の大学ではあまり考えられないが、文系に入学してから理転をしたり、逆に理系に入学してから文転をする学生もいる。

 

先日、定期試験後に提出予定だった課題論文もようやく終了し、完全に夏休みに入った息子。ある晩、ふとこんなことを語り始めた。

 

普通、文科2類に進学したら、およそ3/4の学生は経済学部に進学する。経済学部に進むこと自体はそれほど難しくはないが、誰しもぎりぎり底点で決まりたくはないから、それなりの成績を取ろうと努力する。第一段階で決定したら、ひと安心できるからね。

 

僕、大学にどんな学科があるのか、いろいろと調べてみたんだよね。

 

そうしたら、工学部の中に、計数工学科という学科があった。普通は理科一類から進学するんだけど、枠が狭いから理系からでもなかなか難しい。そして、その学科にはわずかながら、文系からも進学するひとがいる。たとえば最近の例を見ると、志望者19名中わずか2名が文2から進学している。ものすごい倍率だよね。よほど成績がよくないと、無理だと思う。

 

なんとなく、まだよくはわからないけど、文系から進む就職先は、技術や知識というよりも、コミュニケーション能力の方が必要だったり、評価基準も曖昧だよね。僕、お母さんみたいにコミュニケーション能力が高くはないからね。

 

今思うと、自分はなんで文系を選んだんだろう。確かに歴史や地理は好きだけど、それはひとつの教養であって、仕事に生かすという感じでもない。

 

計数工学科で学べる科目を見ると、面白そうなものが多い。特に数学好きにはたまらないね。ただ、数学は好きだけど、飛び抜けてできるわけではないから、理学部数学科みたいなところはもちろん通用しない。数学って、難易度が上がるとどんどん抽象的になり、最後はほぼ文字になるんだよね、数字というより。自分はそこまで、純粋に数学を極めたいわけではない。  

 

計数工学科では、数理工学や金融工学の理論の柱となる基本的な考え方を学べるそうだが、文系の私には難しすぎて、ここではうまく説明はできない。

 

ただ、面白いことに東大の場合、たとえ文系学部に進んでも、興味があれば、好きな授業を自由に受けることが可能だそうだ。なので、成績が足りずに、もともとの志望であった経済学部に進学しても、アルゴリズムや確率、統計学などより専門的な知識を身につけようと思えば、自分で頑張るという道もある。

 

理転できるひとは、入試の時点でほぼ首席クラスらしいからね。

 

という次男に、「でも、入試の点数と大学での成績は相関関係にないって誰か言ってなかった?」と私が問う。

 

「いや、それは中間層の話だよ。そこはみんな、それほど実力に大きな差はないから、入学してからの頑張り具合で上がるひともいれば、下がるひともいるでしょう。僕の取れた点数は、およそ上位15%以内には入れたとしても、首席はまた全然別格だからね。」

 

うーむ。その別格クラスがみな、理転を目指すものなのだろうか。

 

そういえば、以前娘が早稲田大学に入学して間もない頃、あるサークルの新歓に参加し、初対面の理系女子にこんなふうに言われたそうだ。

「文系から進む就職先ってさ〜。」

 

娘は内心、ちょっとムッとし、「だったらあなたも、こんなハードなサークルになど入らずに一生懸命勉強したら?」と心の中だけで思ったそうだ。

 

確かに自分の若い頃のOL時代を思い出しても思う。営業マンなどは、それこそ学歴など一切関係なく、ひたすら貪欲に積極的に仕事に邁進して行くタイプのひとが、上へ上へと昇進して行く。私のかつての直属の上司も、今や立派な執行役員にまでなっている。

 

息子の場合、まだ将来の具体的な職業像は漠然としている。てっきり、みな最初から学部を決めているのかと思ったら、ぎりぎりまで悩むひとも少なくないらしい。

 

たとえば、文一に入ったが、法律を勉強してみたら実は自分には合わないと気づいたとか。それでも、何事もやってみないと気づけないことがある。やはり、まずはやってみることが大切だそうだ。

 

とにかく、飽くなき知識欲が旺盛な学生が多いことは素晴らしいと思う。

 

約一年後には、進学する学部も決まる頃だろう。果たしてどんな学科を選ぶのか。それは一年後のお楽しみだ。