終わりよければすべてよし

ひとり親卒業日記

破裂当日の病状

ワクチン接種の予定で出向いた地元の総合病院での検査で、すぐにくも膜下出血と判明した私。その病院には治療ができる外科はないため、すぐに市内の脳神経外科専門病院へと救急搬送される。

 

そこでまず検査をしてわかったこと。それは、脳にできた静脈瘤の位置がたいへん難しい場所にあること。また、通常発見当時、4〜5mmのサイズであることが多いなか、私の場合はなんと、9mmもあったこと。つまり、サイズが大きいほど、出血量が多く、それだけ命の危険が大きいということだ。脳で出血した場合、人間の身体は危険を感じてか自力で止血しようとする。運ばれた病院で、血液検査をしようとするも、すぐに血が固まってしまうようだ。そしていったん止血したものが、再出血する場合、今度こそ亡くなる危険が増すのだ。だから、止血されてから24時間以内に、なんらかの処置をする手術をしなくてはならない。

 

私の場合、場所を特定するのに時間がかかり、検査に2時間を要したようだ。そして、グレード1〜5のうち4と診断され、ぎりぎり手術が可能な状態だった。開頭手術といって、頭蓋骨を開ける方法もあるが、私はすでにカテーテルが足の付け根から入っていたため、頭は切らずにカテーテル手術を行い、動脈瘤の入口にコイルをぐるぐる巻き付けて再出血を防いだ。コイルの状態は、今後定期的に診てもらう。グレード5は昏睡状態を指すが、私は意識や記憶こそないものの、光を目に当て反射があったり、片足だけバタバタ動かしていたので、昏睡はしていなかった。

 

手術後、意識を取り戻してから、次男の名前を何回も何回も叫んでいたらしい。おそらく、最後に誰が付き添いしてくれていたのか、潜在記憶にあったのだろう。また、はじめに「ここはどこですか?」と看護師さんに聞かれると、ワクチン接種予定であった地元の病院の名前を答えたそうだ。確かにワクチンのために、足を運んだ記憶まではしっかりあったようだ。

 

改めて考えると、本当に怖いことだと思う。自分の知らないうちにいつの間にかあの世に旅立ってしまったかもしれないのだ。

 

私はかつて、結婚する前から夫が短命であることを言い当てた占い師に会ったことがある。主人亡きあと、その人に再び見てもらいに行った。そして、こう質問した。

「我が家は代々長寿の家系なんですが、私も同じように長生きなんでしょうか?」

すると、私の横顔を光を当ててじっくり見て、「あなたは間違いなく長生きです。」と答えた。

「大病にかかる可能性はありますか?」

「うーん、今のところはなんとも言えないけど、万が一かかったとしても、ご主人が全力で助けようとしますから、必ず助かります。生きている人間の力より、亡くなった霊の力の方が強いから。」

 

そんなことを言われた記憶がある。そのときの私は、早く夫のそばに行きたくて、がっかりして帰ったものだ。

 

今回のことを一番切羽詰まった立場でひとりで対応した次男。息子は言った。「お母さんが助かって本当に良かったよ。僕、お母さんがいなくなってしまったら、自分が現世にいる意味を見い出せなくなる。」

 

私はまだまだ生きなくてはならない。

 

両親を看取り、義両親も看取り、3人の子どもたちを全員社会人にさせ、3人の結婚式にも参列し、それぞれの孫の顔を見るまでは、少なくともまだまだやることがたくさんある。

 

くも膜下出血は、高血圧の方がリスクは高いが、低血圧の人でも発症するという。原因を調べて一番思い当たるのは、やはり、ストレスだ。最愛の人を亡くしてから、14年近く。ひとりで小学生の子3人をみな、成人するまで育てるのに、どれほどの精神的ストレスを抱え続けてきたのだろう。特に発症前の最後の一年。楽になれるはずが、初めての孤独によるストレスがこれほど大きいものだったとは。

 

こんな大病にかかると、この先私は、たったひとりで暮らすことはないだろう。子どもたち皆が結婚しても、例えば敷地内隣居とか、二世帯住宅とか、とにかく夜中でも頼れる場所に誰かしらいてもらわないと困る。

 

意識がはっきりした直後、その気持ちを次男に話したら、「大丈夫だよ。誰もお母さんをひとりにしたりはしないよ。安心して。」そう言ってくれた。

 

コロナ禍前なら、ひとりになったら、プチ留学かシニア留学、などと呑気に考え、10年パスポートまで更新した私。

 

今はただ、病状が悪化しないように気をつけるしかない。また、唯一の障害である「物が二重に見える」という視神経の異常。通常は自然に3〜6か月経過すれば治るという。なんとか、来春の娘の挙式までには治ってほしい。