もう少しで、心拍数がゼロになった瞬間の時間になる。
そう、あれは12年前の冬の朝のことだった。今日と同じように、空はいつもと変わらない風景で、青く澄み渡っていたように思う。決して、見上げる余裕はなかったが。
お医者さまは、今晩もたないとおっしゃった。
でも夫は、まだ幼い息子たちが、病院近くのホテルで眠っている間に立ち去ろうとはしなかった。朝になり、きちんと病院に戻ってくるまで、待っていてくれたのだ。
思えば、夫が父親になってからの12年と8か月。あれほどまでに家族のために尽くしてくれたひとが他にいるだろうか。夫が息を引き取ったとき、10歳だった長男は呟いた。
「僕たちのパパは、世界一のパパだね。」と。
毎朝、朝ごはんを作る。
会社帰りにはスーパーに寄り、買い出しをする。
自分自身で酒のつまみを楽しそうに作り、お笑い番組を見ながら晩酌を楽しむ。
赤ちゃんのときからずっと毎晩、子供たちと一緒にお風呂に入り、いろいろな遊びをする。
タオルをボール代わりにして、家の中でキャッチボールをしたり、将棋を教えたり、トランプをしたり、寝る前までいろいろな遊びをする。
9時すぎには子供たちを寝かしつけながら、自分もすやすや眠ってしまう。
休日には、家で日曜大工をしたり、みんなを連れてお出かけに。ブランコ、お砂場、プールの上にはテント、野球のバッティングができるようなネット張り、四季折々に咲く花壇作り、野菜作り、自転車小屋まで作った。
お出かけ先は、みんなが行くようなディズニーランドはほんの数回で、あとは近場の公園やプール、紅葉狩りやぶどう狩り、バーベキューやいちご狩り、アスレチックなど、ほとんど毎週のようにイベントを企画した。
そして、遠出した日でも夕飯は決まって家で食べる。その方がくつろげるようだった。
作ってくれたものは、
ローストポークのアップルソース添え
焼きりんご
焼きいもや、焼き里芋
鮭やチーズのスモーク
きゅうりや茄子の糠漬け
白玉団子
マカロニ入りポテトサラダ
糸を器用に巻いて作る焼豚
圧力鍋で柔らかい肉になるカレー
前日から豆を浸して作る大豆の煮物
お汁粉にするためのあん作り
アップルパイ
ミートローフ
ほうれん草の白和え
とまあ、書き出してもきりがない。
平日は私も負けじと、料理に励む。
「揚げ物と煮物じゃ、夏子に負けるね。」と褒めてくれたっけ。
そう。子供たちは、パパが料理上手なおかげで、いつもいつも美味しいものを口にしてきた。もちろん、母親が作る料理も大好きだ。
思い出は、消えない。
涙は、次に進むための重要な役目を果たす。
今、このときに、12年前の出来事が起きてもたいへんだった。当時は、あと5年でも10年でも長く生きて欲しかったと嘆いた。しかし、子供たちが心に負う傷は、ある程度大人になってからの方が一層大きいだろう。
今朝、次男が起きてきて、こう言った。
「みんな、ここまでよく頑張ったよね。」
そう、本当にそうだ。
あれだけ頼もしい、何でも安心して任せられるパパが、ある日突然いなくなったのだ。バランスが崩れない方がおかしい。
そう、確かに、それぞれに頑張ってきたのだ。
どんなに会いたくても、この世では二度と会えないパパに、心配をかけないように。
そして干支が一回りした今、また新たなステージが待っているような気がする。
初心に帰り、再び、子供たちが立派に巣立って行くまで、また新たに頑張るぞ!
ひときわ白い雲がゆっくりと目の前を通り過ぎて行く。
あれは、もしかしたら、私たちのパパかもしれない。